1970年代ごろシュールレアリスムという奇怪な世界に惹かれた
特に際立っていたサルバトーレ・ダリは奇怪な世界観を緻密な描写力によって
十代の後半、わけの解らない焦燥な日常に強烈な形而を与えてくれた

スペインの北東部、ほとんどフランスとの国境近くにダリが住む別荘はあった
バルセロナから高速道路をぶっ飛ばして3時間ほどかかったのであろうか・・・
地中海を臨むカダケスの入り江

私はとっさに塀を乗り越えて忍び込んでやろうと試みた
壁に手を掛け顔を覗かせた瞬間、まるでライオンほどもあろうかという大きなシェパードが
ニコニコと(・・・かどうかは解らない)ドタドタと、シッポを振りながら塀際まで突進してきた

カダケスの入り江を独占するかのような佇まいは
頭にいくつもの真っ白な卵をひるがえし、まったく人気を感じさせないでいることを除けば
巨匠の終焉の地に相応しい威厳をたたえていた

侵入をあきらめた馬鹿は、そのとき初めてダリのリアリズムと直面したのです
『カダケスの入り江』、そこは心象にある溶けた時計がないだけで
現実の風景として、まったくそのまま、そこにあったのである

私は村上さんの作風をあまり知らない
形而を造形されるのであろう作家としてあまり馴染めずにもいた
そんな氏の作品を何故唐突に手にしたのか・・・そして、ある作品にであってしまった

文中のあるエピソードが・・・
それは心象の風景であるはずの『入り江』がそこにあったように
30年も前の接点でしかない私にとって現実的な風景として迫ってきた

今や村上さんはノーベル賞を取るのではないかと言う世界の巨匠である
けしてそんなことは無い筈であるが、少なくとも私自身への形而として
けして冷静ではいられないエピソードが情景として織り込まれていた

作品中、「記憶は大切」とある。。。
なんでも簡単に忘れてしまう私にとってはあまりに愕然とする形而な世界
冷静ではいられない作品と出会ってしまった。


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