お店のはじまり

「絵描きは生活をやらなければいけません」
師の言葉を反芻し公募団体に所属しながら
絵描きとしての人生を模索しておりました
この「生活」とは画業を継続するため収入を確保することを意味します
絵を描くことは「仕事」と言うことになります
年に4回の展覧会(上野東京都美術館や銀座のギャラリー)を中心に
アルバイトやら絵画教室などで生計をたて
まったく暗中模索の毎日でした

そんな折、京成谷津遊園の閉園が決定し、園につづく商店街での暮らし、
家業が成り立たなくなってしまったのです
時折お金の無心をしていた私にとっても大問題(笑)

私は、家長である母を説得し「喫茶店」の経営を考えたのです
「3年も辛抱すればアトリエにもどれるだろう…」
そんな稚拙な出発点でした

Img_43a8a11db9ed8dbfe40be7a8e3c80aa7
Img_b75dc3c5aa4ef9ffe7e0e5e89c1fe28a
しばらく筆をおき、修行に出る事を決意したのですが…
アトリエに篭り自閉症のような生活をしていた者にとっては
難行苦行だったのはなんとも情けない話です(笑)

嗜好品としていろいろな価値観に出会いながら
いつのまにやら本気モード…
結局は「喫茶店」ではなく「フレンチスタイルの珈琲屋」という
ディープな分野にたどり着けたのはほんとうに幸運でした

フレンチスタイルは当時傑出した珈琲の価値観を作り出しており
(現在は絶滅危惧種ですね…笑)
珈琲好きにとっても憧れの分野であったのです
この分野で技術を習得できたことは
現在に至るまでcafe螢明舎を
支え続けてくれる、貴重な修行になりました




ちなみに……
「けいめい」は確か『蜻蛉日記』の一節から
忙しく立ち働く、といった意味であったと記憶しています
それに苦しかった画学生時代を投影させて「螢明」と
当て字をさせていただきました
なんとも青臭くお恥ずかしい限りです
Img_3ed269194b95ed7c6f15a0dd8a84669b