すごい美味しかったです!

朝一番でした
20代前半と思しきかわいらしい女性にお褒めの言葉を頂戴しました
んー、これは朝から縁起がいい!!

ロア・ブレンドとタルトのマリアージュ

どなたもご存知な、某一流ホテルでお菓子の職人をしているとおっしゃる
(ご自身をパティシエールと表現されないのがオジサン的には高感度大・笑)
4年目に差し掛かるそうである

朝は始発に出勤し、帰りは9時過ぎ
コンペ(お菓子のコンクール)の為の勉強などしていると寝る時間が無いそうである
激務をさらりとお話しする

同期は居らず、ご自身が職場では一番下という事実が
並々ならぬ意識の高さと力強さを感じないわけにはゆきませんでした
そうです、続くか続かないのかが飲食界の資格試験、登竜門です

「毎日大変だけど、今を辛抱、頑張る事が未来の自分への勉強です・・・」

膨大な量を作りながら

「同じことの繰り返しだけど、心を込めればお客様の笑顔が観えてきます」

もう私は泣きそうです

まるで石川遼とお話しているみたい

頑張っている人に、安易に頑張れなんて言えないのですが

「頑張れー!!」

「近くなのでまた来ます!!」

いやいや、私が元気付けられてしまった朝でした。

サンフランシスコでの展覧会と休筆の決心・・・①

ロサンジェルス・オリンピックの頃でした
当時所属していた美術団体がサンフランシスコに遠征しました
たしか現地の有力新聞のバックアップであったと思います

「ジャパン・アート・ナウ」といったコンセプトを詠い
私も、そのメンバーに誘われて参加することになったのです

まだ谷津店が開業して数年、スタッフのことも心配で躊躇しておりましたが
「心配しないで行ってきてください」当時のスタッフに励まされ(?)参加することになったのです・・・

期間は1ヶ月、それまでの数年、お店を休んだことは一日もなく
まして人に任せてお店を空けるなんて(いまではしょっちゅうですが・笑)大変な勇気でした

あのころの、お店を愛し、責任感の強かった連中とは
いまだに付き合いがあります、40代後半かな(?)
財閥系企業に進んだものが多く、みんな出世してお偉いさんになっちまいました(笑)

いずれ30号位の小品を2点抱え、いざ サンフランシスコ!!

ギャラリーのあった場所はたしかブラウンストリートの路地を入ったところ
コイトタワーが近くにあったと記憶しています
宿舎は近くのレジデンスハウス(?)でユースホステルのような安宿でした

このレジデンスハウス、世界中からバックパッカーなどが泊まっていたのですが
あまりプライバシーが無くむしろ劣悪(笑)語学がだめな私は毎日大変でした(笑

ある日、そんな宿の大リビングで、宿泊者全員が注目していたのがオリンピックの柔道でした

いったい何十人がTVを見ていたのだろう・・・
怪我をしながら金メダルに輝いた柔道家、山下に世界中の旅人から賞賛と握手、抱擁の嵐
まるで私が金メダルを取ったような歓喜の坩堝でありました

あれほど日本人であることが誇らしかった事は無かったと記憶しています

脱線しました・・・

この展覧会、地域の美術家や愛好家の集まるレセプションからスタートし
山下人気も手伝ってか(笑)そこそこの来場者数
私の作品も、興味を持ってくださった愛好家の方々に沢山の質問や評を頂戴しました
(ギャラリーには通訳が常駐してくれていました・笑)

そして、そこで知り合った芸術家や愛好家と連日のパーティー、飲み会がスタートするのです

ご存知とは思いますが、サンフランシスコはゲイのメッカであります
とくに芸術を愛する方々にはゲイの方が多い、ギャラリーのオーナーもゲイ
パトロンといわれるお金持ちの方々もゲイの方が大変多かったのです

現地で知り合った日本人作家のみんなも男女問わず
大なり小なり、ゲイのお金持ちのお世話になっていました
そして私も、ギャラリーのオーナーはじめ、ゲイの方々に沢山お声をかけて頂いたのです(笑)

「プリントはおやりにならないの~ん(版画のことです)」
「ファインアートはサンフランでは売れないわよ~ん」
「着るものはおありなの~ん、かいものにいきましょ~う」

         
などなど、ともかく親切(笑)

とくに、近くの有名大学の芸術学部の教授とおっしゃる方には
熱心な評や、ディナーにも誘っていただき、パトロンも紹介してくれる・・・など
夢のようなお話なども頂戴しました

しかし、この方の下心は有名らしく
通訳殿に助けていただき事無きを得るような按配でした(笑)

さて、そんなこんなでサンフランでの1ヶ月の生活が始まりました
どたばたの中で奇跡的に出会ったヨーロピアンスタイルのコーヒーとは

話が長くなったので小休止
次回のお楽しみとしてください(笑)

つづく。。。

cafe螢明舎のコーヒーは鍋で煮詰めた味なのか!

「こちらのコーヒーは作り置いて何度も煮返すのですか・・・」

カウンターのお客様が思いつめたように質問されました
「作り置きの味」とはいかにもイメージがよろしくありません
ましてや何度も煮返すなんて・・・

「螢明舎でコーヒーとケーキをいただきながら過ごす時間が大好き」とおっしゃるお客様
コーヒーの感想をうかがうと「美味しいから来るんです」とうれしいお言葉です

しかし、「ほんとのコーヒーの味って良く解らないし・・・」
ましてや冒頭の風評に触れ、疑いを持って
「そんな気がしてしまうのです」と苦言を頂戴しました

さぞや聞きづらく、勇気の要るご発言に深くお礼を申し上げ
感謝の気持ちをこめて、一連の作業を見ていただけないか、と提案させてもらいました

「時間は大丈夫ですか?」「今日は休みなので大丈夫です、でも欲しい本があるので・・・」
「お買い物が済んだらで結構ですので、お帰りにまたご来店くださいませんか」とお願いし
お約束を頂きました、もちろん、御代は頂戴しません

まずは、お好きとおっしゃるケア・ブレンドの抽出を5杯取りで行い
抽出直後を飲んでいただきました
「あっさりした軽い印象ですね」とお客様の感想です

「このコーヒーはお帰りになるまで手をつけづにおいておきます」ので・・・

本当に戻ってきてくれるだろうか、と心配をよそに
夕方頃、お客様はご来店くださいました
半分ほっとしながら「ありがとうございます!」です(笑)

最初のご来店がお昼過ぎだったので4時間ぐらい経過していたでしょうか

イブリックに一人前を入れ、加熱、サーブさせて頂きました
「え!?まろやかでチョコレートみたい!」「味も香りも深いです!」
・・・と、ご自身の表現で感想を述べてくださいました

抽出直後からの味の変化をご確認いただきながら
なぜ抽出後、いったんポットで寝かせるのか(デキャンタ)
いかに必要な工程であるかを説明させていただきました

実際の螢明舎では5杯取り、10杯取り、20杯取りと
2時間程度で消費される分量を、その日のお客様を想定しながら抽出しますが
都内、知り合いの或る有名店では、必ず一晩寝かせる方法をとっているそうです

同じ道筋を歩む仲間でも方法論は色々です
もちろん、美味しいコーヒーをお客様にお届けしたい愛情のなせる業
エイジング・ビーンズとネル・ドリップのなせる業なんです

冒頭の風評に対し、不徳をお詫びしながらも私に付き合ってくださり
「こういったお客様が螢明舎を支えてくださっているのだな・・・」
と感動させて頂いた出来事でした

と同時に、このような風評こそ現代社会の抱える病巣の一端、「心の闇」ではないか
「強い固定観念に縛られている何か」は悲しいばかりと感じないわけにはゆきませんでした

私は、「心の豊かさ」こそがコーヒーの味であり
日々の豊かさは、多様な味わいを演出してくれるのではと信じて已みません

「味」とは情緒であり、そこに絶対値などないからです

cafe螢明舎は、一杯のコーヒーをより美味しく感じていただく為に設えた空間です
村上春樹さんにはケア・ブレンドを誉めていただきました
星野道夫さんは毎日のようにロア・ブレンドを2杯飲んでいただきました

開店以来、ケア一筋、ロア一筋のお客様も沢山いらっしゃいます
何年か振りにご来店され、変わらない味や空間に
懐かしそうにご自身の歴史を語ってくださるお客様もいらっしゃいます

こういったお客様の信頼を損なうような不徳を、深くお詫びしなければ成りません

そして、私も、スタッフも仕事には真剣です、当然の価値観です
珈琲はもちろん、お菓子もキッシュもサンドウィッチも
「美味しい」と喜んでいただくために一切の手は抜きません

そして

cafe螢明舎は、生活観をかなぐり捨て、遊びを演出してゆきたいのです
「螢明舎には、螢明舎の文化がお好きなお客様が来てくださればいい」

のです。

サンフランシスコでの展覧会と休筆の決心②

前回は「遊びの話」ではなく、シリアスになってしまいましたね、ごめんなさい
30年もやってるといろんな事が沢山起こります、とくにこの10年は難しい
なんと言っても個人という顔が見えなくなってますからね

閉塞した日本、未来の見えない日常は人を不安に駆り立てるのでしょうか

螢明舎は遊びの空間です
「心の闇」を払拭するためにも螢明舎の美味しいコーヒーとお菓子をどうぞ!!(笑)

さて、さて。。。

仕事の話はきりが無いので「遊びの話」に帰ります(笑)

サンフランシスコでしたね
ゲイの町サンフラン、とても素敵な街並みは港町独特の情緒があります
デンジャラスゾーンもかなりあり、魅力的なスポットもそんな場所にあったと思います
(この辺のお話はちょっとヤバイのスルーしておきます・笑)

レセプションもひと段落、わりと落ち着いた何日が過ぎたのですが
美術的、芸術的進展、成果はあまり感じないまま「こんなもんかな」といった雰囲気でした(笑)

退屈になりかけた或る日
レセプションで紹介されたお金持ちの家に下宿することに成ったのです
レジデンスクラブにはウンザリしていたので、「ま、いいか・・・」と軽い乗りでした

そしてこのことが、大変な変化、魅力的な毎日をプレゼントしてくれる事になるのです

ふふ・・・男性の家ではありませんよ(笑)インド人、女性、しかも弁護士だそうです
旦那さんはシカゴ大学の教授だそうで、サンフランシスコから地下鉄に乗って30分ほどの
「バークレー!」そうあの「卒業」の舞台になった「バークレー」です!!

「卒業」は、お若い方はご存じ無いかも知れませんが60年代、アメリカン・ニューシネマ
と言われた頃の名画です、バークレーの町が舞台の青春映画、静かな日常と思春期の葛藤が
テーマでしょうか、大人への旅立ちは果たして・・・

バークレーの住宅街は山の中腹にあり(んー!映画のままだ!)
その弁護士殿の家も、1階の入り口が2階でした、木造。。。ますます「卒業」です!
周辺は木々が一杯で、素敵!と言いたい所ですが、少しおんぼろです(笑)

私は2階(3階?)の30㎡はあるような部屋を借りることに成ったのですが
その部屋からからの眺望が、信じられないほどの絶景なんです!

テラスに出ると、目の前に広がるサンフラン・ベイエリアの大パノラマ!
左にベイブリッジ、正面にはサンフランのダウンタウンと監獄島
その向こうはゴールデンゲート・ブリッジからサウサリートの町並まで

夜景の美しさはゆうに及ばず、茜どきの美しさは涙が出るほどでした

1階(2階?)のリビングは自由に使ってよいとの事、台所も冷蔵庫もOKでした
リビングの暖炉の上にはガンディー首相と握手をしている写真が飾ってあり
本棚には日本文学などもありました(MISHIMAとかKAWABATAとかです)

かなりの生活レベルなのではと想像はできるのですが
全体としては、かなり質素、相当な質素、テレビなどは「これ真空管?」と見まごう旧式です
ガレージのルノーのセダンなんて底が抜けそうなオンボロ車でした(笑)

しかし、大学生という白人とハーフの娘さんが美しくて・・・
よく1階のテラスの長椅子で読書をしているんですが、いつも水着、これは参りました
ま、こんな話はスルーしておきましょうね(笑)

こうして、毎日バークレーから地下鉄に乗ってギャラリーまで通勤する日常が始まりました
途中、オークランドというこれまたヤバそうな町(駅には必ず厳ついポリスが立ってました)
を通過するのですが、犯罪の国にいるんだな~という緊張感は新鮮でもありました。

もうちょっとつづく。。。