
あはは、いってらっしゃい!」
彼はニヤリと笑い、ペコリと頭をさげて「いってきまーす」
それが最後の別れにされるとは・・・

しかしその年はアラスカに帰ることがあったのか、大変忙しそうでした
カウンターの端っこで原稿に向かう姿は以前とは違った印象を受け
私が雑談を吹っかけ邪魔でもしようものなら、
怒られることおびただしい雰囲気でした
「カムチャッカに取材に出かけることが恐ろしくて仕方がない」
そんな話をハスッパに受け流していた私は、
深夜の臨時ニュースをビール片手に遭遇し
魂を失ってしまうことになります
八幡店を開店して間もない頃
ずんぐりとした山男が来店されました、しかも毎日いらっしゃいます
「あのー、どちらの山岳会の方ですか?」
高校時代水泳部であった私は、有り余る体力をかわれ山岳部にも顔をだしており
もしや地元の有名な山岳会の方かと、憧れの眼差しで質問いたしました
「いや、山屋ではありません…」
これが最初に交わした言葉でした
お店は毎日まったく暇で(笑)
決まった時間に来店される星野さんとの雑談が唯一の楽しみ
星野さんもまったく暇そうで、隣に座り込んでおしゃべりをする始末でした
そんなある日
星野さんの大親友が火山弾にあたって遭難された話をされたのですが
まったく偶然にも、その直後にその山系を私が単独行していたのです
それがどんな意味をなすことなのか理解を超えた偶然でした
以来、心にしまっていた様々な領域を吐露しあうようになりました
アラスカでの体験談や人々の話も沢山してくれました
あたかも馬鹿げたストーリーがとても楽しく
その説得力は劇画に登場する冒険家、ヒーローを独占しているようでした
「アラスカにおいで」「あんな原始の世界には絶対に行かない」
なんてくだらない言い争いまで(笑)

アラスカに住み、アラスカを生きてゆく
すべては運命だったんですね
眩し過ぎる、優しく、思慮深い兄貴は棺の中で微笑んでいました
お店には、星野さんご自身が持って来てくれた本や写真集があります
追記
ある日
星野さんが深く尊敬していたお父上が突然お店を訪ねていらっしゃいました
ご葬儀のときは悲しみにくれ小さく見えたお姿でしたが
その頑強な大きさは90歳を越えられるのか、とはとても思えないお姿
私の手をしっかり握ってくださり
「足が悪くて…、早くお尋ねしたかったが今日になってしまった」
「家にいらっしゃい、2人でゆっくり道夫の話をしましょう」
一年後、大切な約束も果たせぬままお父上もご他界されました
自らの仕方の無さは限りがありません………